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日本語に関係詞が存在しない理由—意味的関連性が構造的論理性に優先する

日本語という言語は、実に柔軟な言語であると思います。

今日は、日本語の「文+語」の構造について考えてみましょう。

(1) 私が買った本
(2) 私が本を買った店
(3) 私が本を買った日
(4) 私が本を買った理由
(5) 私が本を買った方法
(6) 私が本を買ったお金
(7) 私が本を買った話
(8) 私が本を買った事実

(1)~(8)は、全て「文+語」の形式になっていますね。「文」と「語」の間に何もありません。英語では、<語→文>の順になりますが、日本語と同様、語と文のあいだに何も介在させない表現を作ってみましょう。

(1)’ the book I bought
(2)’ the store I bought the book
(3)’ the day I bought the book
(4)’ the reason I bought the book
(5)’ the way I bought the book
(6)’ the money I bought the book
(7)’ the story I bought the book
(8)’ the fact I bought the book

(1)’~(8)’は(1)~(8)に対応していますが、英語で言えるのは、伝統的な文法では、(1)'[関係代名詞目的格であるthatまたはwhichが省略された形]と(5)’のみがOKで、口語では(3)’と(4)’が許容されますが、その他は全て関係詞や接続詞が介在しないといけません。関係詞(1つの例のみ)を介在させた英語表現を挙げておきます。

(1)” the book that I bought
(2)” the store where I bought the book
(3)” the day when I bought the book
(4)” the reason why I bought the book
(5)” the way in which I bought the book
(6)” the money with which I bought the book
(7)” the story in which I bought the book
(8)” the fact that I bought the book

英語では、「語」と「文」がどういう関係であるかが、関係詞[(1)”〜(7)”の場合]や接続詞[(8)”の場合]によって表す必要がある言語であるといえます。一方、日本語では、その構造的論理性は重視されず、「語」と「文」が意味的につながっておれば、構造的な記述は必要ありません。日本語は、意味的関連性があれば、構造的論理性は無視してよいという、極めて柔軟な言語であるといえますね。

意味的関連性が弱い場合は、日本語表現も文法的と感じにくくなります。

(9)a. ○ 私がきのこを見つけた山
b.?? 私が本を買った山

(9a)が自然で(9b)が不自然なのは、基本的に語と文の意味的関連性のあるなしです。(9b)でも、文脈があれば文としてOKとなります。例えば「以前、登山した山にあった小さな店で面白い本を買ったと言ってたけど、この山が、私が本を買った山だよ。」となると一気に自然になりますね。

(10)× 私が本を買った猫

語が場所でない「猫」の場合は、もっと変ですね。でも「可愛らしい猫を見てて、猫の気持ちがわかる本というのがあるのを思い出したと以前私が言ってたのを覚えてる?実はね、この猫が、私が本を買った猫だよ。」とすれば、不自然さは弱くなってきます。

他にも、英語では表現しにくい「本を買った私」など代名詞を修飾することも可能な日本語は、とにかく不思議な柔軟性を持った言語と言えると思いませんか?

「3人の男性が2人の女性に出会った」の多義性

「3人の男性が2人の女性に出会った」という日本語文における男性や女性の個性まで考慮した(つまり、具体的に誰が集まり、誰に出会うかまで指定した)場合の「構成多義度」(数量詞が表すメンバーの個性を考慮すれば、どれだけ意味が多義になるかということを数値で表したもの)が、20252通りであるということを以前に示しました。しかし、これは、男性が3人、女性が6人とあらかじめ決まっている場合の構成多義度です。

現実には、男性3人は誰でもよいわけで、また、女性6人は、その決まった女性の中から2人の組が出てくると想定するよりも、もちろん、そのメンバー以外に、全く別の女性が入ることも現実にはあります。

そこで、男性3人が選ばれるべき集合における男性の総数をp人、女性6人が選ばれるべき集合における女性の総数をq人とし、それぞれの中から、男性3人、女性6人が選ばれると考える方が、一般性の高い多義度が算出できます。

それで再度計算し直してみましょう。まず、次の一般計算式が既に得られています。PMとはPolysemy based on Membersの略で「構成多義度」のことです。この一般計算式をさらに一般化します。

(1) PM = m!・{ C ( mn, n ) }m + n!

男性p人からm人を選び、そのm人を並べる方法の数を、最初のm!の代わりに掛け算する必要があります。つまり、{ C ( mn, n ) }mに掛ける数値は、P ( p, m )ということになります。

また、m人がまとまってnの1人1人に会う場合は、m人が決定された後は、n!(=n人を並べる場合の数)でいいのですが、m人はpの中から選ぶ場合の数、即ち、C ( p, m )で、掛ける必要があります。

更に、{ C ( mn, n ) }mが意味するのは、あらかじめ決まっているmn人の中からn人を選んでグループを作り、そのグループの重なりを許してm個のグループを選んで、それらを並べる場合の数です。

しかし、このmn人のメンバーは、更に大きな集合であるq人の中から選び出す必要があります。その場合の数は、C ( q, mn )となります。これを先ほどの{ C ( mn, n ) }mに乗じることによって、任意のmn人のグループを意識した場合の総数が算出できます。

以上の説明から、真のPM(=RPM: real polysemy based on members)は、次のようになります。

(2) RPM = P ( p, m )・C ( q, mn )・{ C ( mn, n ) }m + C ( p, m )・n!
pはmを含む集合におけるメンバーの総数
qはnを含む集合におけるメンバーの総数

この一般式にm=3, n=2を入れると、「3人の男性が2人の女性に出会った」におけるRPMが算出できます。

(3) RPM [m=3, n=2] = P ( p, 3 )・C ( q, 6 )・{ C ( 6, 2 ) }3 + C ( p, 3 )・2!
= 3375・P ( p, 3 )・C ( q, 6 )+2・C ( p, 3 )
= 3375・p!・q! / 6!・(p-3)!・(q-6)!+2・p! / 3!・(p-3)!
= 3375・p!・q! / 720・(p-3)!・(q-6)!+2・p! / 6・(p-3)!
= 225・p!・q! / 48・(p-3)!・(q-6)!+p! / 3・(p-3)!

pとqが決まれば、具体的な数値が算出できます。凄い数になることだけは事実です。

主語の数量詞も変化する

次の文を考えてみましょう。

 

(1) 3人の男性が2人の女性に出会った。

 

これは、「3人の男性が、ある時ある場所で、1人の女性に出会い、同じ3人の男性が、別の時別の場所で、もう1人の女性に出会った」という意味と、「ある男性1人が、2人組の女性に出会い、別の男性1人が2人組の女性に出会い、最後の男性1人が2人組の女性に出会った」という意味の2つに曖昧です。これは、以前のブログでも述べました。

 

ここで、注意すべきは、主語の「3人の男性」の実人数は3人で変わらないのに対し、それぞれの男性1人が出会う女性の組は異なっていてもかまわないため、最高6人になるという事実です。つまり、実人数については、次のように規定できる可能性があるのです。

 

(2) 「m個のSがn個のOをVする」文のSとOの実人数の可能性

  1. S=m
  2. O≦mn

 

ところが、主語の人数も、実は、「言語表記上、文字どおりの数字となる」とは限りません。例えば、次の文を見てみましょう。

 

(3) 3人の男性が2軒の店で飲んでいる。

 

(3)文の通常の解釈は、2軒の店それぞれに3人の男性客がいるということです。つまり、主語が必ずしも、表示数(この場合は3)に限定されるわけではないのです。

 

実は、実人数が表示人数よりも多いことを暗示する「表示数超過暗示性」は、次の順に弱くなると思われます。

 

(4) 2軒の店では、3人の男性が飲んでいる。

(5) 2軒の店で3人の男性が飲んでいる。

(6) 3人の男性が2軒の店で飲んでいる。

(7) 3人の男性は2軒の店で飲んでいる。

(8) 3人の男性は2軒の店で飲んだ。

 

表示数超過暗示性に影響を与える要素は、時制と情報構造であると思われます。この2つが、この暗示性の段階性を生み出しているので、これにより(4)から(8)への現象を説明できるわけです。この2つをもう一歩進んで説明します。

 

まず、進行時制は同時性を意味しますので、3人の男性が2箇所に同時に存在する必要が有り、実際には、それが不可能なので、それぞれ3人が存在することになります。その結果、表示数を超過するのです。

 

次に、情報構造(情報が古いか[=話題となっているか?]、新しいか[=焦点となっているか?])がポイントとなります。「は」を用いた場合、3人の男性が確定されるので、その結果、表示数は超過しません。

 

また、(6)や(7)は、「ある特定の3人(前者は話し手のみ、後者は話し手と聞き手が共に知っている)が、2軒の店で飲んでいる」という習慣行為も表すので、曖昧性が浮き彫りになります。

 

結論として、次のようになります。

 

(9) 「m個のSがn個の場所でVしている」におけるmの実存在数=mn

 

以上のように、言葉には不思議な側面があるのです。今後は、言葉の曖昧性について、上記のような条件を考慮し、数量詞がQ個(≧2個)生じた場合の「数学的な一般公式」を提案することを目指したいと思います。

構成多義度の修正

先日、書いた計算式は、2人の女性の組み(総計15組)から、異なる3組を選び、並べる場合の数を述べました。

 

しかし、「3人の男性が2人の女性に出会った」という日本語文は、次のような場合も意味します。

 

(1) A (a, b ) → B ( a, b ) → C ( a, b )

(2) A (a, b ) → B ( a, b ) → C ( x, y ) [x, yはa, b以外]

但し、男性はA, B, Cで、女性はa, b, c, d, e, fで表す。

 

つまり、全く同じ女性の組に異なる男性が出会うこともありえるのです。先日提案した計算式は、異なる女性の組に男性が出会う場合のみの場合の数でした。確かに、Aが( a, b )に、Bが( b, c )に、Cが( c, d )に会う場合、すなわち、任意の2組に共通する人が1人入っている場合も計算していたものの、先日の式は、全く同じ女性の組に異なる男性が会う場合は扱ってはいなかったのです。

 

そこで、一般式を、次のように修正したいと思います。

 

(3) { C ( mn, n ) }m

 

(3)は「m個のSがn個のOをVする」場合におけるOの場合の数で、これにSの「場合の数」(m!)を掛け、m個がまとまった場合の「場合の数」(n!)を足すと、PMが得られます。

 

(4) PM = m!・{ C ( mn, n ) }+ n!

 

「3人の男性が2人の女性に出会った」の場合で計算すると、次のようになります。

(5) PM = 3!・15+ 2 = 20252

 

つまり、この文は、20252通りに多義であることがわかるのです。

英語の6つの力

今日は英語の本質に関わる話をしましょう。私は、英文が生まれるのに6つの力が関わっていると思っています。

そして、主語や目的語、動詞や形容詞などの品詞が、それぞれに影響し合っていると思われるのです。

つまり、文の要素(主語や目的語など)や、英語の品詞は、他の要素や品詞から独立しているのではないということです。

次の表で説明しましょう。

6つの力 力の主体 その方向 与えるもの
主述一致力 主語 (助)動詞 (助)動詞の形
格付与力

*1

動詞

前置詞

名詞句

名詞句

対格、与格

斜格

θ役付与力

*2

動詞

形容詞

名詞句、前置詞句

名詞句、前置詞句

主題、動作主、被害者、受益者、位置, etc.
他動力*3

(他動性)

他動詞 目的語名詞句 意味的な影響
指示力*4

(指示性)

定冠詞・不定冠詞・指示形容詞 名詞 名詞の具体性

名詞の特定性

照応力*5

(照応)

定冠詞

代名詞

名詞・修飾表現・具体的事物 照応関係

 

組み合わせ言語学」の提唱

今日は、私が現在研究していることの一部をご紹介したいと思います。

次の文を考えてみましょう。

(1) 3人の男性が2人の女性に出会った。

この文は、次の2つに曖昧です。

(2) a. 3人の男性が1つのグループで行動し、ある時ある場所で1人の女性に出会い、別の時、別

の場所でもう1人の女性に出会った。

b. 3人の男性のうち、1人が2人組の女性に出会い、別の男性1人が2人組の女性に出会い、

最後の男性1人が2人組の女性に出会った。

一番普通の解釈に感じる「3人の男性が同時に2人の女性に出会った」というのは、(2a)または(2b)の特殊な場合です。(2a)では女性を、(2b)では男性を極限まで接近させると、この解釈になります。

さて、この(2)文で注意すべきは、次のことです。

(3) a. 男性の3人は、2人目の女性に会う時、1人目と同じ3人でなければならない。

  1. 女性の2人は、会う男性によって異なっていてもよい。

つまり、女性は、言語表記上「2人」としていても、現実には最高6人存在します。このことは、英語でも言えるのです。すなわち、Three men met two girls.も同様の曖昧性を持つわけです。

一般化してみましょう。

(4) 「m個のSがn個のOをVする」における現実のSとOの個数

  1. Sの個数=m
  2. Oの個数≦mn

ここでSとOの構成員を意識した場合、何種類の意味が成立する可能性があるかを考えてみましょう。

まず、Sの場合の数について考察します。例えば、(1)の例では、男性3人をA,B,Cとして、どの順番に男性が女性に会うかは、3!(=3の階乗)、すなわち6通りありますね。

(5) Sの場合の数=m!

次に、Oの場合の数です。これが複雑ですが、(1)の例では、最高6人から、可能な2人の組がどれだけできるかは、「6人から2人の組を選ぶ」ことと同じなので、数学上「組み合わせ」(combination)の計算を利用します。そして、その2人組の総数から、3つの組を選び出して並べると全体の場合の数が出ます。後者の計算は、「順列」(permutation)を利用します。

一般化すると、次のようになります。

(6) Oの場合の数=P (γ, m)  但し、γ=C (mn, n)

これを計算すると、次のようになります。

(7) C (mn, n) = mn! / n! (mn-n)! = γ

(7)を(6)のP (γ, m)に適用すると、次のようになります。

(8) P (γ, m) = γ! / (γ-m)! = ( mn! / n! (mn-n)! )! / ( (mn! / n! (mn-n)! )-m )!

そして、Sの場合の数だけ、P (γ, m)が存在するので、(2b)の一般化に相当する全場合の数は、(8)の数値にm! [(5)参照] を掛けた数(男性3人の例でいえば、男性の現れる順番の場合の数、例えばA→B→Cと現れるのか、A→C→Bと現れるのかなど)になります。

さらに、これに(2a)の場合の数である n! (女性2人の例でいえば、A→Bの順に会うのか、B→Aの順に会うのか)を足せば、(4)の文における「構成員を意識した曖昧性の全体数」(=構成多義度 [Polysemy based on Members = PM] と私は名付けています)になります。

つまり、「m個のSがn個のOをVする」における曖昧性(構成多義度)は、何とも複雑ですが、理論的には、次の式で求められるのです。

(9) PM = m! ( mn! / n! (mn-n)! )! / ( (mn! / n! (mn-n)! )-m )! + n!

(1)文において、この数値を計算すると、何と、「3人の男性が2人の女性に出会った」という単純な文も16382通りに曖昧であることが分かります。

以上が、曖昧性の一般公式の構築を考えるのに、数学、特に、組み合わせ数学(Combinatorics)が役に立つという例で、現在私が研究していることの基本的な発想です。今は、数量詞の数が2個(今回はmとnの2つ)ではなく、もっと一般化して、Q個とした場合の、曖昧性の一般公式を構築中です。

そして、このような発想は、言語学でも珍しいと思われ、私はこの分野の言語学を「組み合わせ言語学」(Combinatorial Linguistics)と命名し、言語の本質を探るのに役に立つ分野となる可能性を秘めていると信じています。

English is similar to but different from mathematics!

英語は数学に似ています。

(1) John and Mary went there.

(2) John went there and Mary went there.

JohnをA、MaryをB、went thereをCとすると、(A+B)×C=AC+BC が成立しています。数学のようですね。実際には、(2)にはtooを文尾につけると、もっと英語らしくなります。

しかしならば、次の文を考察しましょう。

(3) John loves Mary.

(4) John is Mary’s husband.

(5) Mary is John’s wife.

(4)(5)を(3)に代入してみます。

(6) Mary’s husband loves John’s wife.

(6)は、(3)をもはや意味せず、何やら怪しい関係を暗示します。これは、数学にはない「視点」というものが言語に必要だからです。「1つの文は1つの視点を持つ」という原則が働くのです。

(3)は第3者の視点、(4)はMaryの視点、(5)はJohnの視点による文です。(6)は、Mary’s husbandの部分がMaryの視点、John’s wifeの部分がJohnの視点と言うように捉えることができません。視点が2つになるからです。そこで、(3)のごとく、第3者の視点となります。

尚、(4)(5)を繰り返し代入したら、第3者の視点も通じなくなります。

(7) *John’s wife’s husband loves Mary’s husband’s wife.

同じような例で、文法的な意味が成立しにくいものを挙げておきます。

(8) ?John’s father scolded his son.

(8)において、John’s fatherはJohnの視点、his sonはfatherの視点からの表現となるので、文としてはまずくなります。そこで、視点は1つなので、第3者の視点となりますが、その場合でも、hisは父親であると考えることはできません。hisを全く別の男と解釈して初めてこの文の意味が成立しそうです。

英語には数学のような論理性が必要なのだけれども、完全に数学と一致するわけではないことが分かったと思います。

五母音仮説 その7

今日は、「五母音仮説」の最後の最後に書いた「補遺」を紹介し、五母音仮説エッセイを終えたいと思います。

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補遺

日本語の五十音図を眺めてみると、偶然だとは思えないほど、色々なことが分かる。まず、「あい」(愛)に始まって「わ」(和)に終わるのが美しい。

ア行からワ行まで10種類あり、これをそれぞれ山とみなすから、この日本語を用いる国を「山十」(やまと)の国であるという民間語源もある。五十音が国の名前と言霊でつながっている感じがする。

イザナギとイザナミが最初に産んだ島は、淡路島であるが、これは「あ(行)」から「わ(行)」に至る「路[みち]」(じ)だから、「あわじ」と解釈できる。

五十音の最後がまた奥深い。五十音の代表は、最後を締めくくる「わ」なので、聖徳太子は、森羅万象を貫く究極的な原理を「和」としたとも考えられる。

「わ」がすべてを背負っているから、「わっしょい」という言葉ができ、めでたい祭りを盛り上げる言葉になっているとされる。

「和」になるということは、うれしくなり、「笑い」が生じるが、これは「わ来」(=「わ」が来る)から来ていると、言霊的に考えられる。

 

参考文献

黒川伊保子(2007)『日本語はなぜ美しいのか』、集英社。

ひすいこたろう・山下弘司(2009)『人生が100倍楽しくなる名前セラピー』、毎日コミュニケーションズ。

五母音仮説 その6

今回は、これまで紹介してきた「五母音仮説」エッセイの「第7章」(まとめ)です。参考文献と共にご紹介します。

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  1. 7.まとめ

第1章で、三母音仮説を簡単に紹介し、第2章で、五母音仮説を提唱し、第3章以降で具体的に五母音仮説に関するいろいろな例を用い、一定の考察を施した。

第3章では五母音の不思議な側面を挙げて論じた。第4章では五母音語・五母音句・五母音文を取り上げ、いくつかの角度から考察し、第5章では五母音辞・五母音縁・五母音場を紹介し、比較的詳しく説明した。第6章では、日本語に見られる五母音の重要性を述べた。

本稿は、五母音が日本語・日本文化において重要な位置を占めていると考える「五母音仮説」の概要を説明することが目的であったが、「五母音仮説」という表現自体が五母音語(OOIAEU)である。そして、五母音から成る実体を表す「語」や「句」や「文」、そして、「辞」や「縁」や「場」といった単語も、その第一母音は、五母音縁(OUUIEA)を形成する。

五母音が、どのように日本文化に関わっているのかということを、更に深く追求すること、また、この五母音仮説が能力開発や自己研鑽などに応用できるかどうかを検討することなど、さまざまな研究の余地もあり、解決する課題も多いと思われる。

参考文献

石井隆之 (1989)『英語から英悟へ』、TAC英語能力研究所。

石井隆之 (1990)『英語マンダラ発想法』、ACE英語コミュニケーション研究会。

板坂元 (1978)『日本語の表情』、講談社現代新書。

松下井知夫他 (1985)『あいうえおの神秘—コトバの原典』、東明社。

坂口光男 (1996)『言霊波動—未来の秘密』、住宅新報社。

菅田正昭 (1994)『言霊の宇宙へ』、タチバナ教養文庫。

鳥居礼 (1998)『言霊—ホツマ』、たま出版。

安井泉 (1992)『音声学』、開拓社。

五母音仮説 その5

今回は第6章を紹介します。日本語の不思議に着目しています。

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6. 五母音と日本語

日本語と5母音の関係はいろいろあるが、特に次の3つの事象について述べたい。

(21) a. 五十音図

b. 五段活用

c. 言霊

この章では、この3つの事象について、五母音との関連で考察する。

 

6.1.   五十音図

(21a)については、五十音図は、日本語の仮名文字を並べるシステムとして存在しているが、これが、五母音を最初の列にして展開している。このこと自体が、日本語という世界における五母音の重要性を暗示するものである。参考までに五十音図を挙げておく。

(22) 五十音図

行   段 ア段 イ段 ウ段 エ段 オ段
ア行

カ行

サ行

タ行

ナ行

ハ行

マ行

ヤ行

ラ行

ワ行

 あ

 い

 う

 え

 お

注:通例五十音図には「ん」は含まれない。

五十音図では、当たり前だが、「あいうえお」(完全五母音列)が真っ先に現れる。別の形で、日本語の仮名を並べたものに「いろは歌」がある。いろは歌には暗号説があるので、紹介しておこう。

(23) いろは歌の暗号

いろはにへと

ちりぬるわか

よたれそねな

らむうゐおく

やまけふえて

あさきゆみし

ゑひもせす

いろは歌を7文字ごとに区切って最後の文字を縦読みすると「咎なくて死す」(=無実の罪で殺される)と読め、5文字目を縦読みすると「本を津の小女」(=この本を津の妻に[届けてくれ])と読める。

いろは歌の最初の7文字には五母音は揃わない(いろはにほへと⇒IOAIOEO)が、7文字目の縦読みに五母音が揃う(とかなくてしす⇒OAAUEIU)点が興味深い。

 

6.2. 五段活用

日本語の文法に目を向けると、五母音と関係が深いのは、(21b)の五段活用である。日本語の動詞の中に、五母音を用いて変化するものが存在していること自体、五母音の重要性を示すものであると考えられる。1つ例を挙げて示す。

(24) カ行五段活用・・・・書く

未然形 か、こ    書ない、書

連用形 き、い    書たい、書

終止形 く      書

連体形 く      書とき

仮定形 け      書

命令形 け               書

更に、日本語において母音が大きな役割を果たすのは、動詞はuを含むウ段で終わり、形容詞は「い」(i)で終わり、形容動詞は「だ」(da)で終わる。また、過去形は過去の助動詞「た」が用いられるので、過去を表す全ての文が「た」(ta)で終わる。

「た」の意味を理解した文法好きの外国人が、初めて過去のことを語る人の言葉を聞いて「・・・た・・・た・・・た」というようにリズミカルに「タ」が繰り返されるのに感動したと言う。

いずれにしても、五十音図のア行の最初のa, i, uには極めて重要な役目があると言える。

 

6.3. 「ス」と「ハ」の言霊

(21c)の言霊というキーワードは重要である。古来、日本語の文字(音声)の1つ1つに魂が宿るという発想があり、だからこそ、言葉をみだりに使わない、特に、マイナスイメージの言葉を使わないという暗黙のルールが存在する。注7

言霊と五母音との関係を論じるのに、最適の五母音語がある。それは「スメラミコト」(UEAIOO)である。「スメラミコト」とは、天皇に対する尊称で外交文書に用いられたという表現である。この言葉の最初に五母音が並び、最後に一つOが付くのみである。

「スメラミコト」の「スメラ」とは、「澄める」や「統べる」(「統治する」の古語)からきていると考えられている。

また、「スメラ」の「ス」とは、「全て」の「ス」で、「主」・「首」・「将」・「頭」・「心」・「芯」・「真」・「素」・「祖」・「礎」などに通じると言霊学では発想する。つまり、「ス」とは要・中心を表すわけである。現代日本語の「集中」や英語の中心を表すcenterも「S(H)音」で始まっている偶然の一致も興味深い。注8

中心を意味する「ス」に対し、端を意味するのは「ハ」であるとされる。「端」・「葉」・「歯」は「ハ」と読む場合があるが、「葉」は枝の端についており、歯は横顔を想定すると、顔の端に付いていることになる(「端」は文字どおりなので説明は不要であろう)。

また、「花」や「鼻」も、それぞれ植物の外側(端)と顔の外側(端)に付いているので、「はな」と発音するという。

更に、「晴れる」・「腫れる」・「はみ出る」・「はらむ」・「はぜる」・「はらう」などは広がりを暗示するが、この広がるという意味は、そもそも大きくなることで、実体の端が外へ伸びることを意味するので、「ハ」の言霊的意味を潜在させている。注9

「AはBです」という日本語の重要構文において、「ハ」と「ス」が使用されているが、基本的に「Aは」というのは、「Aについては」の言い方、つまり、<「Aに所属する、Aの周りの」こと>を話題にするという言い方で、Aそのものを論じているのではない。Aそのものを論じる場合は「AがBです」という言い方をする。

ところが、「AはBです」において、Bは中心的になる。つまり、Bを強調するわけである。Bが中心であることを示すために「ス」が用いられていると考えられないであろうか。言語学的にもこのことは言え、英語では強調構文が、それに相当する。

(25) a. AはBです。⇒ [話題(A)+は]→[焦点(B)+(で)す]

  1. It is B that A ⇒ [it is 焦点(B) that 話題(A)] 注10

 

6.4. 「マ」と「ミ」の言霊など

2つの文字の組み合わせも、興味深い言霊を形成する。五母音のうち「ア」と「イ」の音を含む「マ」(真・間⇒真実・空間)と「ミ」(実・身⇒実体・身体)と、五十音図の最初のア行からハ行のア段、すなわち、「ア」「カ」「サ」「タ」「ナ」「ハ」との代表的組み合わせを図表で示し、簡単に解説する。

(26) 五十音図の言霊的意味展開

第1字 その意味 第2字 組み合わせ 意味的展開(読み方)[意味]

天・無現

微・創造

差・分散

魂・個性

成・融合

派・展開

アマ(アなる間)

カミ(カなる実)

サマ(サなる真)

タミ(タなる身)

ナミ(ナなる身)

ハマ(ハなる間)

天(あま)[無限の広がり]

神(かみ)[微かな実体]

様(さま)[見える真実]

民(たみ)[個性を持つ身体]

波(なみ)[融合する身体]

浜(はま)[広がる空間]

(26)では、更にア・カ・サ・タ・ナの順に展開していく。つまり、最初に無限の広がりがあり(=あま)、そこから微かな実体(=かみ)が生まれ、それが見えるようなもの(=さま)となる。その段階では、見えないものから見えるものへ進化したことを示す。「さま」とは「様子」のことである。その後、個性が発生し(=たみ)、民となる。民(個性のある身)が、つながって集合体になったもの(=なみ)は、波である。この集合体が大きく広がり個性が消えたもの(=はま)が浜である。これをイメージ図で示すと次のようになる。

(27) アカサタナハの展開注11

●●●… ○○○○…

あま      かみ         さま       たみ         なみ           はま

注1:「あま」は何もない空間なので図で表せない。

注2:●は個性を示し、○は個性が消えた状態を示す。

「ま」と「み」の言霊、「あ」「か」「さ」「た」「な」「は」の言霊、そしてその組み合わせの意味を概説したが、これらの日本語の文字も、その原点は子音と母音であり、日本語の仮名文字はこの融合体である。つまり、基本はA・I・U・E・Oという母音のいずれかが潜んでいる。この母音が異なると、言霊にも大きく影響する。その意味で、日本語においては母音が重要ということになってくるのであろう。注12

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注7  「梨」は「なし」と読めばマイナスなので「有の実」と言ったり、会を閉じることを逆に「お開き」と言ったりするのは、言霊の力が影響している。

注8  この箇所の記述は、参考文献にある『英語マンダラ発想法』(p.212)による。また、新神道(大本教、世界救世教など)では「スの神」を世界中心の神としている。

注9「晴れる」は、雲がなくなり空が晴れ渡ると広がりを感じ、それが空間の端を広げている。「はらう」は塵が一か所に集まったものを広く拡散させることである。

注10   isのSが「ス」を暗示し、中心的なもの(=焦点)が直後に来ている。ちなみに「焦点」のローマ字もSで始まるが、これも偶然か。

注11「カ」は「微妙なもの・変化するもの」(=存在は肯定できるが認識ができないもの)を表すので、形容詞では「かすかな」「か弱い」「か細い」など、また、動詞では「隠れる」「枯れる」「変わる」などが生まれ、また、微妙だからこそ、「それは何だろう」という疑問の意味に展開する。疑問の「…か?」は「か」の言霊の意味が表れている。「神」は「隠り身」からきているという説もある。「火」(か)と「水」(み)から来ているという民間語源もある。更に、「な」については、個性を許したまま融合していくという意味をコアに持つ言葉「仲」「馴染む」「習う」「慣れる」「なごやか」「なだらか」などが存在する。「波」はそのイメージを持つ代表格の言葉である。

注12  日本語は、母音で終わることを原則とする開音節の言語であるのも、この母音の重要性が元にあることと関係がある可能性がある。