日本語に関係詞が存在しない理由—意味的関連性が構造的論理性に優先する

日本語という言語は、実に柔軟な言語であると思います。

今日は、日本語の「文+語」の構造について考えてみましょう。

(1) 私が買った本
(2) 私が本を買った店
(3) 私が本を買った日
(4) 私が本を買った理由
(5) 私が本を買った方法
(6) 私が本を買ったお金
(7) 私が本を買った話
(8) 私が本を買った事実

(1)~(8)は、全て「文+語」の形式になっていますね。「文」と「語」の間に何もありません。英語では、<語→文>の順になりますが、日本語と同様、語と文のあいだに何も介在させない表現を作ってみましょう。

(1)’ the book I bought
(2)’ the store I bought the book
(3)’ the day I bought the book
(4)’ the reason I bought the book
(5)’ the way I bought the book
(6)’ the money I bought the book
(7)’ the story I bought the book
(8)’ the fact I bought the book

(1)’~(8)’は(1)~(8)に対応していますが、英語で言えるのは、伝統的な文法では、(1)'[関係代名詞目的格であるthatまたはwhichが省略された形]と(5)’のみがOKで、口語では(3)’と(4)’が許容されますが、その他は全て関係詞や接続詞が介在しないといけません。関係詞(1つの例のみ)を介在させた英語表現を挙げておきます。

(1)” the book that I bought
(2)” the store where I bought the book
(3)” the day when I bought the book
(4)” the reason why I bought the book
(5)” the way in which I bought the book
(6)” the money with which I bought the book
(7)” the story in which I bought the book
(8)” the fact that I bought the book

英語では、「語」と「文」がどういう関係であるかが、関係詞[(1)”〜(7)”の場合]や接続詞[(8)”の場合]によって表す必要がある言語であるといえます。一方、日本語では、その構造的論理性は重視されず、「語」と「文」が意味的につながっておれば、構造的な記述は必要ありません。日本語は、意味的関連性があれば、構造的論理性は無視してよいという、極めて柔軟な言語であるといえますね。

意味的関連性が弱い場合は、日本語表現も文法的と感じにくくなります。

(9)a. ○ 私がきのこを見つけた山
b.?? 私が本を買った山

(9a)が自然で(9b)が不自然なのは、基本的に語と文の意味的関連性のあるなしです。(9b)でも、文脈があれば文としてOKとなります。例えば「以前、登山した山にあった小さな店で面白い本を買ったと言ってたけど、この山が、私が本を買った山だよ。」となると一気に自然になりますね。

(10)× 私が本を買った猫

語が場所でない「猫」の場合は、もっと変ですね。でも「可愛らしい猫を見てて、猫の気持ちがわかる本というのがあるのを思い出したと以前私が言ってたのを覚えてる?実はね、この猫が、私が本を買った猫だよ。」とすれば、不自然さは弱くなってきます。

他にも、英語では表現しにくい「本を買った私」など代名詞を修飾することも可能な日本語は、とにかく不思議な柔軟性を持った言語と言えると思いませんか?

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