重なり志向と分かれ志向 その5

私の日本文化エッセイ「重なり志向と分かれ志向」、今回は、第4章全体をご紹介します。日本文化における分かれ志向がテーマです。

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4.日本文化における分かれ志向

4,1、日本宗教史における「重なり志向・分かれ志向」循環論

これまで、日本文化は重なり志向、西洋文化は分かれ志向であると論じてきたが、日本文化にも分かれ志向がないわけではない。特に日本宗教史の分野で、分かれ志向がいくつか散見される。

日本文化における仏教の受容は、日本の風土と外来宗教の重なりの結果で、蘇我氏の隆盛は日本宗教史上の重なり志向の萌芽を意味する。

しかし、奈良時代においては、種々の宗派が導入され、南都六宗と称された。いくつかの宗教が独立して存在する状況は、宗教史における分かれ志向が現出であるといえる。8

さて、平安時代になると、最澄と空海が、仏教の中でもっとも重なり志向的な宗派である密教をもたらして、仏教が神道と重なる現象(神仏習合または神仏混淆と呼ばれる)が起こってきた。9

鎌倉時代になると、仏教は庶民のためのものとなり、様々な宗派が確立した。それぞれ個性を主張しているので、宗教界の分かれ志向が再び起こったことになる。

室町時代になると、七福神信仰が盛んになり、十三仏の信仰が完成する。これは数多くの仏たちの中から、一定数の仏たちを選び出し、まとめるという「重なり志向」の傾向が見える。10

戦国時代から安土桃山時代にかけて、日本の宗教事情は、様相を変える。というのは、キリスト教の伝播である。キリスト教は、これまで議論したとおり、分かれ志向の宗教なので、この時代は、日本宗教史上は分かれ志向なのである。11

江戸時代には、四国八十八箇所の巡礼が広まった。これは八十八の霊場を一つにまとめた重なり志向の帰結である。また、江戸時代には、仏教の宗派的個性は重要でなく、殆ど全ての寺が葬式に従事し、人口の異動などを管理する市役所的な役割を持つに至るので、仏教という1つのまとまりになった。これは重なり志向といってよい。

結論としていえることは、日本の宗教史は、重なりと分かれが交互に繰り返されているということである。

(21) 日本宗教史と志向性

奈良時代 平安時代 鎌倉時代 室町時代 戦国・安土桃山時代 江戸時代
分かれ 重なり 分かれ 重なり   分かれ 重なり
南都六宗 密教  新仏教 七福神等  キリスト教 八十八箇所

 

4.2.最澄は分かれ志向、空海は重なり志向

平安時代初期の日本仏教界における僧侶の双璧として、最澄と空海が存在するが、この2名は路線が異なる。

最澄は、これまでの宗派や考え方の中で、有益と思われるものを取捨選択し、円・密・禅・戒の4者に纏め上げた。つまり、仏教の各宗派や考え方全体から、重要なものを分けて再構成したので、仏教分類上の基本的発想は分かれ志向であるといえる。特に、当時、政権側が望んでいた奈良仏教界を排除したという点が、自らの仏教が奈良仏教から決別することになるわけで、分かれ志向であることは理解できよう。

一方、空海の実績としては、仏教の各宗派を取り込み、奈良仏教界も自らのシステムに組み込み、仏教だけでなく、道教や儒教、更に、欲望人の考え方まで、取り込んだという点が特筆される。つまり、自らの密教に、他の全ての宗派や考え方を重ね合わせたということから、空海の発想は重なり志向であるといえる。12

 

4.3.日本史の転換期と分かれ志向

日本史の転換期には、分かれ志向が優勢となった。これは、日本に限ったことではない。西洋の宗教改革は、従来の宗教との決別、すなわち宗教上の分かれ志向であるといえるし、市民革命は、従来の絶対王政からの決別、すなわち政治上の分かれ志向であると考えることができる。重なり志向が特徴である日本においても、このことは例外ではないと思われる。

日本史において、少なくとも6回の過渡期、つまり、分かれ志向が勃興してきている。まず、平安時代の藤原氏の台頭により、天皇中心の政治から、貴族政治へと変化したとき、最初の分かれ志向(分かれ志向第1期)が存在する。次に、平安から鎌倉へ、貴族政治から武家政治へと変化したのが、第2の分かれ志向(分かれ志向第2期)が見られる。更に、戦国時代は、これまでの体制に下克上的な発想で、それぞれが分離して発展しようとする第3の分かれ志向(分かれ志向第3期)が生まれる。

幕末には、これまでの鎖国の体制から脱却し、新たな開国を目指す第4の分かれ志向(分かれ志向第4期)が勃興し、明治期になると、特にヨーロッパ文化の取り込みにより、これまでの日本と決別する第5の分かれ志向(分かれ志向第5期)が強くなる。最後に、戦後、これまでの軍国主義体制を捨て、アメリカに近づく第6の分かれ志向(分かれ志向第6期)が起こる。13

 

4.4.分かれ志向と重なり志向の相互作用と日本の発展

創造は0から1を生み出すことなので、空から有が分かれて出現すると発想できるので、分かれ志向であるが、継続は1をそのまま1に保つわけで、最初の状態に次の状態を重ね続けることだから、重なり志向であるといえる。更に、破壊は1から0への移行であるから、有から空へ分離するので分かれ志向である。

歴史における変換期は、以前の体制の破壊という分かれ志向と新たな体制の創造という分かれ志向が混在すると考えることができる。そして、新たな体制が継続しない限り、発展はないのは自明の理である。だから、発展のためには、分かれ志向の後には必ず重なり志向が必要である。

日本はそもそも重なり志向の文化なので、体制が急変しても、比較的安定して、そのまま継続したことが多い。新たな文化や政治制度を導入しても、その新しいものを、日本の風土に合うように重ね合わせるという重なり志向が日本の伝統であった。つまり、日本風にアレンジするというのである。

例えば、日本に入った仏教も日本的仏教として定着したし、新しいコンピュータ技術をアメリカから学んでも日本人が好むものにアレンジ(軽薄短小のものにするなど)してきた。

新しいものをまねても、日本に合わせてまねるというということを重視したのである。まねることの達人は、そのままコピーすると言うことでなく、アレンジするのである。少し大げさに言うと、新しいものを古いものにうまく重ね合わせるということである。これはかなり高度な重なり志向といえよう。日本はこれが得意であったため、文化的にも高く、経済的にも経済大国となったといえるのではないだろうか。14

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  1. 六宗が個々に存在したとはいえ、東大寺などでは、八宗兼学ということで、それぞれの宗派(学問といえる)を同時に学ぶことができたので、分かれ志向の宗教において重なり志向の学問が両立したということになる。(あるいは、分かれ志向の宗教に重なり志向の学問が重なったということ自体も「重なり志向」である)
  2. 密教が重なり志向的といえるのは、色々な宗派を自らの教えに融合させる力があると同時に、密教で重要な三密が重なり志向といえるからである。

(i) a. 身密:

両手を合わせて(=重なり志向)、いろいろな組み方をする。

b. 口密:

真言を繰り返し(=重なり志向)唱える。

  1. 意密:

2つの曼荼羅を重ね合わせるイメージで曼荼羅を観想する。

ちなみに、仏教宗派の中で、最も分かれ志向的な宗派は、浄土教である。というのは、他の仏を認めるものの、阿弥陀仏にのみへの信仰を推奨する(=阿弥陀仏への分かれ志向)からである。

  1. 十三仏については、資料1参照。
  2. 戦国時代も安土桃山時代も宗教的には分かれ志向であるが、政治的には微妙に異なる点が興味深い。戦国時代は、それぞれの戦国大名が独立して競い合うので、分かれ志向の時代であるが、安土桃山時代は、織田信長や豊臣秀吉による天下統一を目指すので、明らかに重なり志向(複数の国を1つに重ね合わす発想)の時代である。
  3. 空海が、自らの密教システムの中に、全ての事象をどのように取り込んだかは、資料2を参照。下線部は筆者加筆。
  4. これまでに述べたのは政治的分かれ志向の変遷であるが、文化的分かれ志向もありうる。例えば、平安時代は、これまでの中国一辺倒の文化から決別し、国風文化を目指したという点で文化的分かれ志向期といえる。更に、現実の政治が分裂したという実質上の政権の分かれ志向期も存在する。それは、もちろん南北朝時代である。
  5. 「まねる」ということ自体が、重なり志向という側面であることも特筆すべきである。1から1へ継続することで、1から2へ発展させることではないからである。

 

資料1 十三仏 (Wikipediaより)

これらの仏は審理において実際の裁判所における弁護士の役目を務めることになる。

十三仏 裁判官 読み 審理
不動明王 秦広王 しんこうおう 初七日(7日目・6日後)
釈迦如来 初江王 しょこうおう 二七日(14日目・13日後)
文殊菩薩 宋帝王 そうていおう 三七日(21日目・20日後)
普賢菩薩 五官王 ごかんおう 四七日(28日目・27日後)
地蔵菩薩 閻魔王 えんまおう 五七日(35日目・34日後)
弥勒菩薩 変成王 へんじょうおう 六七日(42日目・41日後)
薬師如来 泰山王 たいざんおう 七七日(49日目・48日後)
観音菩薩 平等王 びょうどうおう 百か日(100日目・99日後)
勢至菩薩 都市王 としおう 一周忌(2年目・1年後)
阿弥陀如来 五道転輪王 ごどうてんりんおう 三回忌(3年目・2年後)
阿閦如来(閦=門<众) 蓮華王 れんげおう 七回忌(7年目・6年後)
大日如来 祇園王 ぎおんおう 十三回忌(13年目・12年後)
虚空蔵菩薩 法界王 ほうかいおう 三十三回忌(33年目・32年後)

 

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