Buddhist-flavored jokes (No.1)

かなり久しぶりの更新です。

今日は、私が常日頃、関心のある仏教的発想を日本語や英語で紹介するだけでは、真実が伝わらない面があるのを、英語と言う言語を用いたジョークを用いると、意外と伝わるかもしれないということを主張しているものの、いったいどんなジョークが、仏教の説く真理を伝えるのか、これまでブログで述べたことがありません。

私がこれまで、機会があれば述べてきた「英語を用いた仏教的ジョーク」を少しだけ紹介します。

まずは非常に単純なものから・・・。

通訳ガイドで用いることができるものを1つ。

I am not a Buddha; therefore, I cannot answer your difficult question quickly but I will try.

Buddhaでないことを言い訳にしているのでややずるいですが、これはブッダは何でも知っている(=悟っているから当たり前)ことを暗示しています。だから仏教的ジョークと言えるでしょう。

通訳ガイド研修講師としてのアドバイスにもジョークが1つ。

If you are asked about the significance of an object you don’t know, you can say it is just an ornament, and if you are asked about the significance of an event you don’t know, you can say it is just a custom.

つまり、「もの」について質問されたら、装飾であることが多く、「こと」について質問されたら、習慣であることが多いので、全くのはずれでもない。いい加減がよい加減であるという仏教的発想につながります。

禅は言葉のジョークの宝庫です。不立文字(文字を立てず、これにこだわらない。なぜなら言語ですべてを表せない=これは言語学的に厳然たる事実)を表明する割には、禅の言葉が多いという時点で、ジョーク的ですが、禅の発想を英語にするだけでジョークになります。

Zen aims at making unanswerable questions unquestionable answers.
(禅は答えられない質問を疑えない回答にすることを目指す)

禅問答の問い自体が通常、unanswerable questionsです。

It takes eternity to know everything.
(全てを知るのに永遠の時間がかかる)

これも真実ですね。

仏教の教えは、次の生死に関する根本的な発想を含みます。英語にすると逆に分かりやすいかもしれません。

We are living and dying at the same time.
(われわれは生きることと死ぬことを同時にしている)

生きるということは死につつあるということ。これも真理ですね。

時間のあるときに、私の作った仏教的ジョークを紹介していくことにします。

最後にアインシュタインが語ったとされる真理を1つ。

The more we know, the more we realize we don’t know.
(知れば知るほど、知らないことが分かる)

私が常に主張しているまじめなジョークで締めくくります。

We may physically get older, but we can spiritually grow younger.
(肉体的に年を取るかもしれないが、精神的に若返ることができる)

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